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ここでは、人生万事塞翁が馬 (楽あれば苦あり)での 2006年 07月 に掲載した記事を表示しています。
何だか日記サイトに逆戻りしていますこんにちは。

全てはW杯が悪いんですよ!W杯が!(押し付け
サッカー見てたら時間がなくてですね…。

今日も準決勝があったので、見てましたし。
酒を飲みながら。
あー、酔っ払った…。
気持ち悪い…。吐く…。

弟はまた骨折してくるし。
おかげで仕事が増えるし。
指骨折した人間が、バレーなんかやろうとするなー!

そんな感じで、日々テンパっております。

とりあえず、サッカーが終わったら、色々再開します。
多分。
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準決勝第一試合、イタリアVSドイツ。
例によってバイトが入っていて観戦できず(泣
VTRその他諸々によると、終始押し気味のイタリアが、終了間際に2点取って勝ったとのこと。
残り2分で2点か。
それまでの鬱憤を一気に吐き出したってことか。
1点目取られた時点でドイツは前掛かりにならざるを得なかったし、仕方がない。
どちらを応援していたわけでもないんだけどね。

で、第二試合、フランスVSポルトガル。
こちらは3時にのそのそと布団から這い出し、きっちり観戦。
とりあえず、ポルトガルを応援していた。何となく。
何でか知らないけど、フランスって好きじゃないんだよね。
いや、別に国としてのフランスが嫌いというわけじゃなく。
ただ、サッカーでフランスとどこかが試合をやっていると、フランス以外を応援したくなる。
ポルトガルは元々結構好きなチームだし。
結果から言うと、1-0でフランスの勝ち。
ポルトガルはPK1本に泣くという結果に。
試合全体で言えば、微妙にポルトガルが押していたと思うんだけどなー。
チャンス自体はポルトガルのほうが多かったような気がするし。
核となるデコのパスの精度が悪かったのも敗因の一つかも。
それにしても、PKとなるファウルを犯した選手。
国に帰ったら叩かれるだろうなー。最大の戦犯として。

はい、というわけで決勝はフランスVSイタリアになりました。
これっていつやるんだっけ?
とにかく、バイトが入ってないことを祈る。
お次は、第69回「わたしの先生」。

世の中にはいろんな先生がいるんでしょうけど、自分の先生で個性的な先生はあまりいませんでしたね。
せいぜい、いつもテストを作るとき、問題数がオーバーしてしまい、苦し紛れに116点満点とかにする、絶対100点満点のテストが作れない理科教師とか。
テストの記号の答えを、アイウエオカキクケコ…とかワラヤマハナタサカア…ていうふうにする社会科教師くらいしか思い浮かびません。日本では。
高校時代の担任の先生には、いまだにお世話になっていますし、良い先生に恵まれたとは思いますが、あまり個性的な先生はいませんでした。

その点、昔の内モンゴルには、個性的な先生がたくさんいました。
気分で授業内容を決める体育教師。
日本みたいにマニュアルがあるわけではなかったみたいなので、こういう先生が生まれたのでしょう。
気分がいいときはサッカーをやらせてくれるんですが、機嫌が悪いと取りつく島もなく、生徒は適当に時を過ごすことに。
あの先生、今も学校に居るんかいな。
あとは、体罰上等な先生たち。
当時(1994年~1998年)の内モンゴルではそれが当たり前だったようですが、日本の優しい先生に囲まれていた自分にとっては、結構衝撃的でした。
まあ体罰といっても、殴ったり蹴ったりするわけではなく、竹の細い棒で打つんですけど。
遅刻してきたことで、冬氷点下20度の外に立たされて失禁した子もいました。
ただ、生徒に対する愛情からそうした厳しい態度をとっているのだということは、肌で感じました。
近くの島国から来た、モンゴル語などちんぷんかんぷんの7歳の子どもにも理解をもって接してくれましたし。
ちなみに、私は体罰を受けたことはありません。
打たれると痛そうだったので、必死になって勉強しました。

教育現場の整備が整ってきた今では昔のような無茶なことはできないようですが、それでも厳しさだけは変わってないようです。
先生たちの中で、一番厳しかったのは、担任の国語の先生でした。
が、一番お世話になったのもこの先生です。
今でも、内モンゴルに行くたびに、必ず家を訪ねるようにしています。

内モンゴルから帰ってきたとき、日本の学校はぬるま湯のようでした。
緊張感の欠片もなく、ぬくぬくとしている。
居心地はよかったですが、言いようのない喪失感がありました。
体罰を行うのは色々と問題がありそうですが、日本の教育現場も、もう少しこの厳しさを見習っても良いかなと思います。
トラックバックテーマ、第68回「テストでありがちなこと」。

ありがちなことっていうと、ほとんどがネガティブなものに限られるんじゃないですかね。
少なくとも、自分の経験上、自分にプラスに働くよくあることは、ちょっと思いつきません。

以下、思いつく限り書いて見ます。

・計画倒れ
誰もが一度は経験したことがあるでしょう。
今度こそはと、計画を立てるものの、時間を無為に過ごしてしまい、いつもの如く一夜漬けで乗り切る羽目に。
思い返してみても、きちんと計画通りに勉強を進めたことはありませんね。

・六角鉛筆転がし
分からないときの神頼みです。
数字書いて転がすだけ。正答率は保障しません(笑)

あとは、まあ時間が足りなくなってテンパるとか、解き方あっているのに、単純な計算間違ってパーになるとか、ろくなものがありません。
自分、物持ちはいいほうで、中学高校時代の試験用紙をいまだに持っていますが、見れば見るほど、もう少し勉強すればよかったと、後悔しています。

ついでにテストの思い出を二つほど。
一つは社会科で99点だったときのこと。
自分、社会科は大の得意で、常に学年トップの点を取っていました。
で、その時は100点取る気満々でテストに臨みました。
といっても、教科書とワークとプリントを一夜漬けで暗記しただけですが。
テスト当日、いつもの如くすらすら解いていたんですが、どうしても分からない問題にぶつかりました。
頭の中のどの引き出しを開けても出てこない。
教科書にもワークにもプリントにも載ってなかったので、入ってなくて当然ですが。
結局その1点が命取りとなって99点に終わったわけです。
テストが返ってきたときに、担当の先生に、そんな問題授業でやっていないと言うと、
「ああ、お前が寝てる時に口で言ったものを出したんだ、100点取られるのはしゃくだから」
なんて言われてしまいました。
居眠りしていたのは自分なので、自分のせいなんですけど、それだけに悔いが残りました。
が、懲りずにその後も居眠りを続け、いつしか居眠り大王の称号を得ていました(爆
体育の時間以外は寝ていたと専らの噂でしたが、自分もそう思います。

もう一つは大嫌いな数学の話です。
何で嫌いかというと、暗記できないから。
あと一夜漬けではなかなかいい点が取れないから。
授業中にずっと寝ている自分にとっては、まさに天敵とも呼べる存在でした。
とはいえ、適当に70点~80点くらいはキープしていましたが、最後の最後にやらかしました。
後にも先にもこんな点を取ることはないであろう点。

2点(爆

もちろん100点満点のテストです。
正真正銘高校の期末テストでした。
点数表の右隣の社会が96点だっただけに、余計に落差が目立ちます。
私とあまり仲がよくなかった数学教師は、ここぞとばかりに説教をかましてくれました。