FC2ブログ
 
ここでは、人生万事塞翁が馬 (楽あれば苦あり)での 2007年 02月 に掲載した記事を表示しています。
徐々に良化してはいますが、完調には程遠いです。

とりあえず、家にある薬を飲んで、じっとしています。
もっとも、その薬、本当に効くのかどうかわかりませんがね。
四種類あるんですが、ボルタレンはともかくとして、その他3種が得体の知れない中国の薬。
しかも、買ったのが10年以上前のものですから(笑)
親父から、「毒じゃないだろ」とかって渡されたんですが、全然治る気がしません。
ていうか、こんなもん中国から持ち帰ってきてたのかよ、というのが正直な感想です。

3週間も針に行ってないから腰は痛いし、やりたいこともあるんですが…。
今日も一日寝ていることになりそうです。
スポンサーサイト



以前私は、父をいたく尊敬していました。
それは、その生き方に共感できるとか、物事に対する考え方に筋が通っているとか、そういうレベルの話ではなく、小さな子どもの、単なる憧れ程度のものでしたが。

とはいえ、少なくとも、親父は私にとって、唯一絶対の存在であったのです。

が、何事にも終わりは訪れるものです(笑)
私も大きくなるにつれ、周りのことが少しずつ、見えてくるようになりました。
それにつれて、今まで見えていなかった、親父の正体(笑)がはっきりと見えてきたのです。


周りのことをまったく気にしない傍若無人さ。
自分の失敗を棚にあげる独善的な態度。
家庭のことを省みず自分の目的に向かう自己中心さ。


その他、両の手で数えても全く足りないほど、これについて語り始めれば一冊の本が出来てしまうほど、私の親父に対する恨みつらみ、鬱憤は、溜っているものと思われます。
どうにも文章だとうまく伝えるのが難しいですが、とりあえずあまり一緒にいたくない人間、一緒にいて楽しくなることはない人間であることは間違いないです。
この点はずっと同じ目にあってきた弟(もしかしたら姉も)は、それはもう、深く深くうなずいてくれることでしょう。

とにかく、それまで絶対的存在だと思っていた分、落ち込みも激しかったのだと思います。


で、今となっては、親父の嫌なところしか目に付かなくなってしまった私ですが、そういう風に見るようになったおかげで、新たな尊敬の対象を得ることとなったわけです。


はい。
というわけで、私が今も、そしてこれからも尊敬し続けるであろう人物は、他でもない、私の母でございます。

とにかくね、あの親父と何十年と一緒にいられるというだけで、尊敬に値します。
しかも、離婚しようなんて一度も考えたこともないっていうんだから。
私が同じ立場だったら、一緒になって、三日くらいで分かれると思いますが。

昨今、熟年離婚だとか何だとか、色々話題になっていますが、離婚の理由なんか見ても、たったこれくらいのことで…、と思うものがほとんどです。
もちろん、それぞれにそれぞれなりの言い分はあるんでしょう。
ですが、公平な目から見て、世間一般の離婚理由で考えた場合、うちのお袋は、10回以上離婚していてもおかしくないと思いますから。
今もって離婚しないのが不思議なくらいです。

毎日親父の罵声に耐え(ただし、親父は絶対に暴力だけは振るいません。言葉の暴力はすさまじいですが)、家のために働きに出てへとへとになり、その上で、寝たきり同然の親父の介護をする。
健気という言葉はあまり使いたくありませんが、健気としか言いようがありません。
それでいて、底抜けに明るいんですから、本当に頭が下がります。


以前、親父が主催した、モンゴル関係のシンポジウムの二次会で、親父とごく親しい人たちが親父について、

「○○さん(うちの苗字)もがんばるわねえ」
「奥さんが本当にご立派だから」()
「そう!本当に○○さんの奥さんはご立派よねえ」

とか話していました。
飲み会の席で、和やかな雰囲気の下での話ですので、別段親父を非難しているわけではありませんし、親父も笑いながら、「まいったな。何だか私立場がないなあ」とか言っていましたが。

とにかく、あの日あの時のあの会話、あれは絶対に、あの人たちの本音だと思います。