ここでは、人生万事塞翁が馬 (楽あれば苦あり)での 2007年 04月 に掲載した記事を表示しています。
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なーんかねえ。
姉が帰ってきてから緊張感が薄れてきてるんですよ、私。
今まで自分がやっていたことを姉がやるようになったために。
こう、「自分がやらなくちゃ!」みたいな気概というか、なんと言うか、そういうものがちょっとなくなっちゃった感じ。


家のこと以外はちゃんとやっているんですよ。
今までなんかよりも、遥かに。
外からは何も変わっていないように見えるでしょうし、家事をあまりやらなくなった分、前よりサボっているように見えるかもしれません。
と言うか、おそらく見えるでしょう。

それはそれでいいんです。
人からどう見えるかというのは、時と場合によっては実際の中身より大事になるというのは百も承知ですが、この場合はどう見えても構わないですから。
自分の目標に向かって、するべきことをきちんとしているのなら。


一応、まだ自覚があるんでいいんですが、この症状はこのあたりで食い止めないと、色んな意味でまずいです。
不意に何か頼まれた時、「自分じゃなく姉の仕事でしょ」って思ってしまうようになったらおしまいですからね。
すでに弟がそういう感じになってきています。

何はともあれ、少なくとも「家庭平和維持活動」だけは気を抜かずに続けていきたいと思います。
ていうか、何があってもこれだけは続けなくてはなりません。
私がやめてしまったら代わりがいませんからね。
最近お袋もストレスが溜っているようで、親父にかみつく場面が多くなってますし、危険はそこら中に転がっていますから(笑)
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前回、食堂で印象に残ったことについて書きました。
いずれの話も、いわゆる「カルチャーショック」みたいなもので、少なくともそれに好印象を持つということはなかったんですよね。

ただ、それはそれとして、料理自体は結構自分の口に合うものでした。
元々濃い口な方なので、特におかずに関しては、好みの味付けのものが多かったですね。
ほとんどが、油で炒める料理で、かなり濃い味付けでしたから。

それに対して、主食とスープはとにかく味気なかったです。
おかずの味が濃い反動なのか、そもそもそのことを考慮した上で薄味にしているのか分かりませんが、とにかく塩味が薄かったですね。

チャーハンなんかも、とにかく味が薄い!
そりゃあ、ただのご飯と比べれば一応塩味はありましたけど…。
もっとも、これに関しては、私自身が持っていた先入観の影響なんかもあったと思います。
つまり、「そもそもチャーハンとはどういう料理なのか」ということです。
私がチャーハンについて持っていたイメージというのは、「それだけでご飯を食べれるようにしたもの」というものでした。
「おかずとご飯を混ぜたもの」とも言えるかもしれません。
それに対して、中国のチャーハンはあくまで「主食は主食」だったんですね。
つまり、卵やねぎが混ざってても、それだけで食べるわけではなく、あくまで濃い味付けのおかずを食べた後の口直しである、と。

なーんてこんな風に思ったのはずっと後のことで、当時は単純に、薄すぎる味付けに不満を抱きました。

スープは、だしをとらないでお湯に材料ぶち込んで塩を入れただけ、みたいな感じでした。これも結局のところ、ご飯と同じような位置づけなんでしょうね。
今はそれはそれとして受け入れられるといいますか、むしろ結構好きになってたりするんですが、当時はどうしても好きになれませんでした。


あと印象に残ったのは、トマトについて!
向こうの食堂は、日本の店なんかよりアドリブが利くと言いますか、メニューにないものでも、生野菜や、ポピュラーな料理なんかは、言えば出してくれるんですよね。
なので、うちの親父は生野菜が好きなので、しょっちゅうきゅうりやトマトを頼んでいました。
きゅうりは大抵の場合そのままで出てくるんですが、トマトにはなぜか、砂糖をこれでもかというくらいかけて出してくるんですよ。そのままでいいと言っても、必ず。

何でも、当時はまだトマトを食べるようになってそれほど経っていなかったため、トマトの味に慣れていない人が多く、食べやすいよう、砂糖をかけたとか、なんとか。真偽は確かめてません。

今はどうなんでしょうね。
トマトを頼むなんて、親父がいる時だけなんで、最後に食堂で食べたのはもう10年以上前になるのではないかと。
今でも砂糖をかけて出しているんでしょうか…。

ただ、トマトを使った料理は他にあったんですが、そっちは結構おいしかったです。
「西紅柿炒鶏蛋」(読んで字の如くトマトと卵を炒めた料理)は、どこに行ってもある定番料理ですが、中国に行った時は必ず一回は食べてました。
三年前留学した時、夕飯は毎回友人と外に食べに行ってたんですが、頼むおかずのローテーションの中にきっちり組み込まれていましたし(笑)


あー、こんなこと書いてたらまた内モンゴルに行きたくなってきました(笑)
自分にとっては、ある意味ふるさとの味なので、やっぱりずっと食べていないと、不意に食べたくなったりしますね。
1着 メイショウサムソン
2着 エリモエクスパイア
3着 トウカイトリック
4着 アイポッパー



12着 デルタブルース


以下略


というわけで、消したメイショウサムソンが勝ってしまいました。

うーむ…。やっぱりこの二冠馬は強いんですかね…。
今日のレースを見ても、少なくとも素人目には、全っ然強そうに映らないんですよね。
まあ、何だかんだ言っても勝つあたり、力はあるんでしょうけど。
うーん、どうにも煮え切らない!
もしかしたら次(宝塚)もまた切っちゃうかもしれませんね。

その他は、アイポッパーやトウカイトリックなど、距離に実績があった馬は堅実に走った感じがします。
…一番距離実績があったデルタは沈んでいるんですけど。
穴人気に推された馬は、揃って距離の壁にやられた感じです。
今回の結果を受けて、次回人気を下げるようなことがあったら狙い目かも。

というわけで、私の予想のほうはほとんど外れましたが、一つだけ当たったことが!
デルタですよ、デルタ。
本命(有力)馬に乗った岩田騎手、今回もキッチリ沈んでくれました(笑)
と言っても私、対抗に推してるんですけど…。
一体何が原因だったんでしょうかね…。
この馬に限っては、距離の壁ということはありえないですからね。

…ていうか、私って最近、リアル競馬に限らずとも、「消したほうが来る」ということがめちゃくちゃ多いです。
勝負運がないというか何というか。

それにしても、ここ最近の重賞レースって、本命がヒモに大穴をよく連れてきてる気がするんですが、気のせいでしょうか?
高松宮と皐月のイメージが強すぎるんでしょうか。



ついでに。
ムーンは惜しかったですね。
ただ、確実に脚は使えてましたし、今後も視界は良好だと思います。
次回は宝塚でしょうか?
クラシックで負けた相手にリベンジしたいですね。
ここ数ヶ月、バイトがほとんど木曜なんですよね。
二月は5回中2回。三月は5回中4回。今月は4回中3回。そして来月は4回全てが木曜日。

なぜに?

自分的には、木曜は納品が多いことが多いのでご遠慮願いたいところですが。
土曜日はドライ便と雑誌がないので、他の曜日よりも格段に楽なんですが、もう何ヶ月も入れてもらってません。
割合的には、7回に1回は入っておかしくないはずなのにーっ。

それに木曜ってのは、ちょっと間が悪いんですよ。
バイトの日は昼間寝てるし、バイト明けの日も通常は昼間寝るしで。

バイト関係なく、昼間は寝てることのほうが多いですが、バイトの時みたいに寝なきゃいけないわけではありませんから、昼間色々動くこともできるんですよ。

それが木曜バイトだと、木金が睡眠と仕事でつぶれて、次が土日ですからね。
土日では動けないことが、結構あるんですよ。

そういう意味では、土曜にバイトを入れてくれれば何もかもがうまく回るんですけど。
仕事は楽だし、平日5日間フルに使えるしで、言うことなし。

まあ、バイトが毎回木曜ということで、他の用事の予定を立てやすいというところもあるにはありますが…なんていうのは、ただ自分を慰めるための方便でしかありません。

しくしく…。
今さらですが、内モンゴル紀行を読む上での基本的な知識?みたいなもの。

内モンゴルと外モンゴル。
モンゴル人とモンゴル族。
モンゴル文字とキリル文字。
内モンゴル語と外モンゴル語。

前にも別のところで書きましたが、一応ここでもう一度書くことにします。
読まなくても問題ないように書いてるつもりですが、多分これを読んだあとのほうが話の流れがつかみやすいと思います。


まず、内モンゴルと外モンゴルについて。

内モンゴルとは、中国国内にある「内蒙古自治区」のことを言います。
言ってみれば、中国の中の一つの県みたいなものです。
とは言え、面積は日本の国土の3倍以上ありますし、すでに「県」という感覚ではないですが。
モンゴル族の自治区ということで、蒙古族しか住んでいないと思われることも多いですが、現実には蒙古族は、自治区の人口の15%程度を占めるにとどまっています。
80%以上を、漢民族が占めています。
ただ、350万人以上の蒙古族の人がいるということで、一応世界で一番「モンゴル人」が多い地域ということになります。
ほぼ全ての市や町に蒙古族の学校がありますし、店の看板などにもモンゴル語を使うことが義務化されているなど、そこかしこに「モンゴル」を感じることができます。

それに対し、外モンゴルとは「モンゴル国」のこと。
一般にただ「モンゴル」と言った場合、こちらのことを指します。
私はこちらには行ったことがないので、詳しいことは何とも…。
ただ、モンゴル国に関しては、結構知られている部分が多いかと思います。


続いて、モンゴル人とモンゴル族

これは結構勘違いされていることが多いのですが、内モンゴルにはモンゴル人は住んでいません。
内モンゴルに住んでいるのは「モンゴル族」であり、彼らはれっきとした中国人です。
つまり、外モンゴルに住んでいるのは、「モンゴル族」であり「モンゴル人」でもあるのに対して、内モンゴルに住んでいるのは、「モンゴル族」だけど「中国人」であると、こういう違いがあるわけです。

先日、私がモンゴル人の友人と電話で話をしたという記事を書きましたが、あれは厳密に言うと間違いで、彼もまたモンゴル族である中国人というわけです。

ただこれは、言葉によって区別されているというだけで、基本的にはモンゴル族をまとめて「モンゴル人」と言うことが多いです。

そんなわけで、私がモンゴル人と言った場合、そのほとんどが「内モンゴルのモンゴル族」を指すということを前提にして読んでください。


次、モンゴル文字とキリル文字

モンゴル文字とは文字通り、モンゴル固有の文字。
内モンゴルで使われているのがこちらです。
私が習ったモンゴル語も、当然こちらの文字です。

それに対し、キリル文字とはロシア文字のことです。
こちらは、長いことロシアと深い関係にあった、モンゴル国で使われているものです。
日本の外語大とかで教えているモンゴル語は、おそらくほとんどがこちらの文字を教えているはずです。
日本で出てるモンゴル語の辞書も、大半がこちらですからね。
一応、私も読み方だけは習いましたが、使いこなせるまでにはなってません。


hiciyel in debter2
モンゴル文字 手書き

hadamal toli
上:キリル文字 下:モンゴル文字 活字


現在、モンゴル国でもモンゴル文字を使うよう、取り組みがなされているそうですが、そう簡単には変わらないでしょう。
日本で、「漢字を使うのをやめて、ひらがなカタカナだけを使うことにしよう」なんて言っても、それが定着するのにどれくらい時間がかかるか…。
そう考えると分かりやすいかもです。


最後に、内モンゴル語と外モンゴル語

これは、使用文字が違うだけで、基本的には同じです…と言いたいところですが、結構違う部分が多いです。

よく言われるのが発音で、内モンゴルではチャ行をそのままチャと発音するのに対し、外モンゴル語ではツァと発音します。
同じように、ジャ行をジャ、ザと発音したり。

もっとも、私は内モンゴルの言葉を習ってきたので、内モンゴルを本位にして書いてますが、多分どちらが正しい、という話ではないのだと思います。
内モンゴルにも、方言によっては外モンゴルに近い発音をする所もありますしね。

あとは、言葉そのものが違う、ということが結構あります。
具体的に言うと、内モンゴルは中国語からの、外モンゴル語はロシア語からの転用が多いということです。
おかげで、話している内容によっては、全く違う言葉が並ぶことになってしまう可能性もあるわけです。

余談ですが、フフホトのモンゴル領事館に電話をかける際、内モンゴル人(変な言い方)の友人に出てもらったんですが、電話に出た相手の外モンゴル人の人と、お互いにまったく言葉が通じなかったそうです。
「相手の言ってることは分かったけど、こちらの言葉が相手に通じなかった」というのはよく聞く話ですが、全く話しにならなかったと言うんですからね。
それだけでも、この二つの言語(とあえて言わせてもらいます)に相当の違いがあるということが分かるというものです。



というわけで、初心者のためのモンゴル講座でした(違
どこにでも書いてるような内容ですが、私自身が再確認するという意味もありますので。
バイトです。いじょっ!


…と去年ならば答えたでしょうが、生憎今年は全然バイトが入ってないんですね。
まあ、こんな忙しい時には入りたくないのでいいですけど。

去年も書きましたが、納品は多い、客はたくさんある、その上一人一人の購入量が多いで、とにかく忙しいんです、この時期。
コンビニに限らず、店にとっては書き入れ時ですから、仕入れとかに力を入れるのは当然と言えば当然なんですがね。

幸い今年は夜勤のメンバーの誰も帰省しないらしく、無理やり組み込まれることもありませんでした。

まあ、バイトも悪いことばかりではありませんけどね。
去年はこの期間にたくさん入った(入れられた)おかげで、山ほど柏餅を食べられましたから(笑)
GW期間中に30個は食べたのではないかと。


そんなわけで、今年は特別に何をするわけでもなく、いつもどおり過ごすことになると思います。
少なくとも、自分から何がしたいとか、何処かに行こうとは思いませんね。
こんな時に出かけても、わざわざ人ごみにもまれて疲れに行くようなものですから。
毎度のことながらネムイネムイとそればかり言ってるチョルモンです。

昨日はあの後、無謀にもカラオケ屋に突入してきました。
ひとりで。

よく、一人カラオケは恥ずかしいとか痛いとか聞きますが、いいじゃないですか一人カラオケ。
そりゃ受付の時はちょっと気恥ずかしいところもありますけど。
人前じゃちょっと歌えないような歌も歌えるし、練習になるし、何よりマイクを渡さなくて済むし(笑)

というわけで、一人で6時間半ぶっ続けで歌ってきました。
フリータイムが最大9時間なんで、9時間ぶっ続けというのをやってみたかったんですが、前述のとおりゲーセンにも行かなきゃならなかったので、しぶしぶ(笑)6時間半「だけ」で我慢しました。
ええ、これでも我慢したんです(笑)

ゲーセンに寄って、帰ってきたのは10時半頃ですか。
眠気もさることながら、脚がガクガクでしたね。

すぐに寝ようと思ったんですが、寝床がマグロに占拠されていて…。
仕方がないので、弟の寝床を占拠して寝ることにしました(笑)
哀れ弟は、あまり寝れる状態ではない、マグロの「本来の」寝床で寝る羽目に…。

これだけハードに動いたにも関わらず、夜中の二時過ぎにちゃんと起きるあたり、自分の体力もなかなかだなあと思いました。
これで朝から寝れば、またいつもの生活サイクルに戻れます。
最初のホテルでの一ヶ月強の期間、それは色んな意味で「中国」を知る時間となりました。
本当はそれほど深いものではなく、日常の中に日本との違いをそこかしこで感じたと、ただそれだけのことなんですが。

そんなわけで、感じた中でも特に印象が強烈だった「食堂での食事」についてなぞ書いてみたいと思います。
「食事」ではなく、あくまで「食堂での食事」です。


まず感じたことは、とにかく段取りが悪いということ。
箸、取り皿、湯のみ、お茶、ナプキン。
お客が来た時に先ず最初に出すものです。
大きい食堂やレストランなんかだと、最初から用意してあるところがほとんどでしたが、このホテルの食堂はそれほど大きくはありませんでした。
なので、お客が来たらその都度用意するんですが、これを一つずつ持ってくるんですよ。
箸を持って来るなら箸だけ。皿を持って来るなら皿だけ。
両手がふさがってると並べにくいからじゃないかと思われるかもしれませんが、持ってきても並べずにその辺にまとめて置くだけでしたからね。
おぼんでも使えばいいのに、と食事の度に思っていました。


次、主食が最後に来る。
ご飯をおかずと食べることが当たり前だった自分には、これはちょっと痛かったですね。
おかずが来てもご飯がない。ご飯が来るころにはおかずがない。
一応、メニューとしては「主食」として書かれているんですが、どっちかと言うと「口直し」と言ったほうが良いのではないかと(笑)
料理が油で炒めたものばかりなので、最後にあっさりしたものを食べると。
こっちからすると、おかずが油っぽいだけに、余計にご飯がほしかったですけど。

それで、「ご飯を早く持って来てくれ」って頼むんですけど、通じないんですよ、これが。
向こうには「ご飯とおかずを一緒に食べる」という感覚がないらしく、何度頼んでも毎回、おかずだけ先に持って来るんです。
それで「おかずとご飯を一緒に持ってきてくれ」と頼むと、すごい怪訝そうな顔をするんですよ。
「何?何言ってんのこの人?」みたいな感じで(笑)


最後に、これだけは閉口したというもの…。
それは、「注文を受けてから材料を買いに行くということ」(爆

ある日、おかず数点と「焼き茄子」を注文したんですよ。
そしたら、他のおかずは割かし早く来たのに、待てどくらせど焼き茄子だけ来ない。
上に書いてあるとおり、おかずが出揃わないとご飯は出さないので、当然ご飯も来ない。
30分以上経ち、さすがに遅いと思い、ウエイトレスを呼んで聞いたら、「今作っている」って言うんですよ。
忘れているわけじゃないんだったらということで待つことにしてひょいと脇を見たら、茄子の入った買い物袋を持った白衣の男が厨房に入って行くという衝撃的光景が(笑)

そんなねえ、客が入りすぎて材料が足りなくなったとかいうわけでもあるまいし…。
何てったって、我々が最初の客でしたから(笑)

まあ、中国の食堂で材料がないため作れない料理がある、というのはそれこそニチジョウチャメシなので、この場合は客の要望に応えるため全力を尽くした、という見方もできるんですが、そうは見えないあたりが何とも…。

以後、料理が出てくるのが遅いと決まって、「遅いね」「今材料買いに行ってるんだよ」という会話が交わされるようになりましたとさ(笑)
さあ行こう天皇賞(前にも使った)。
というわけで、ダービーと並ぶ春のメインとも言うべきレース、天皇賞(春)です。

◎アイポッパー
○デルタブルース
▲ネヴァブション
△ファストタテヤマ
×ウイングランツ


本当はデルタを本命にしたかったんですが、按上が本命馬に乗ると例外なく馬群に沈む岩田騎手なので…。
実績勢い按上の三拍子が揃っているポッパーを代わりに本命に。
ブションは、マーベラスサンデーにもそろそろGⅠ馬を出してほしいなあという希望も込めて。
あとは長距離実績のある二頭で。

本命馬は消し!
私にはどうしてもサムソンが強いと思えないんですよね…。
本命にしてはいかにも頼りないって言うか、全幅の信頼が置けないっていうか。
その辺、オッズにも表れてますよね。
前年の二冠馬が前哨戦をきっちり勝って来たんだから、本来なら2倍そこそこくらいでもおかしくないのが、現時点では1番人気とはいえ4倍近いんですから。
初めて労働の対価としてお金をもらったのは3年前。18歳の時。
某内モンゴル旅行団の通訳を務めた時でした。

その時私は通訳としてではなく、旅行に参加した団の一人でした…かどうかは微妙ですが、少なくとも、通訳として参加したわけではありませんでした。
何というか…主催と客の間あたりをどっちつかずで漂う人?みたいな感じ。
主催者からは一歩退いた立場にいながら、現地で交流するモンゴル族の子どもを調達したり(ていうか、ぶっちゃけ私の友達)、微妙に団の運営にも関わっていたわけです。

当初通訳は、現地の日本語を勉強している学生が務めることになっていたんですが、会って話してみたら、日本語が通訳できるほど話せなかったんです。
話せない人間を紹介するほうも紹介するほうですが、それについて紹介者に聞いてみたら、「大学で習い始めてから3年経つから、当然話せるものだと思っていた」とか言っていました。
このあたり、この旅行団の計画性のなさとか、行き当たりばったりな感じがものすごく出ています。

それはそれとして、とにかくそんなわけで急遽代役が必要になり、私に白羽の矢が立てられてしまったというわけです。
こっちとしたら、寝耳にミミズ…もとい寝耳に水なこの状況。
せっかく開放感を味わうために来た旅行でなぜにそんな大役を任されなければならんのだ、と思いましたが、状況が状況だけに断ることはできませんでした。

そんなわけで受け取った給料、元々現地の人向けに用意していたものだったので、金額がいかにも少ないんですな。
とりあえず文句も言わず受け取っときましたが。

ちなみに(と言うか、本来はこれが本題なんですけど)そのお金は、ハイラルで行われた満州語学会に親父が行くための旅費になりました(泣
あー!疲れたー!
疲れた疲れた!眠い眠い眠い!

というわけで、バイト明け。
いつもならさっさと布団に潜り込むところですが、今日はそういうわけにいかないんですなこれが。

一年半前に遭った事故の診察で、月に一度病院に行かなければならないんですが、今月はまだ行ってなかったんですよ。
先週くらいから行こう行こうとは思っていたんですが、行ける日がみーんな雨で潰れてしまって…。
結局行けないまま今に至る、と。

今日行かないと、あとは土日祝ですから、今月は開いてる日がなくなってしまいます。


あともう一つ、最近は真面目に生きてるので(笑)、ゲーセンに全く行ってないんですが、おかげでパスワードの期限が今日で切れてしまうんですよ。
一応キープだけはしておきたいので、こちらも今日やらなくては…ということで。

バイト明け寝てない状態で、30kmも自転車を走らせるのは辛いものがありますが、適当に頑張ってきたいと思います。

では、逝ってきます(出るまであと二時間ありますが)。
先日、一斗缶でサラダ油を買って来ました(爆
いやー重かった重かった。
何てったって、16.5kg、18.039リットルもあるんですからね。

まあ買ってきたということ自体は、先日書いた記事にすでに書いたんですが。
家族に口々にいくらなんでも買いすぎだと言われ、半鬱状態だった私は、「でもこれだけあればこの家を燃やすのに十分だよね」なんて危ないことを考えたりしちゃったこともいっしょに書きました。

今は、冷静に買いすぎたなあと思っています。
うちは天ぷら屋じゃありませんからね。


とりあえず、缶に入ったままじゃ使えないので、うちにあった空の焼酎の瓶総動員で、そちらに移し変えました。
そしたら全部で10本になったのかな?
一斗=十升ですから、当然ですけど。
で、隣に住んでいる人の家にお裾分け…なんてものじゃありませんが、使ってくださいと持って行ったりしました。
そこまではいいんです。そこまでは。


姉がこちらに戻ってきて一ヶ月以上経ちますが、先日、こちらに住んでいる昔からの友人に会いに行ったそうです。

お土産にこの油を持って(爆

それを持ち帰った姉の友人は、家に持ち帰った後、それを家族皆に焼酎と勘違いされて困った、なんて話がこちらにも伝わって来たりしてるんですが。
まあ元凶は私なわけですから、ちょっと思うところがあったりするわけです。

ですが、まず何よりも…。

久しぶりに会う10年来の友人に、サラダ油(しかも焼酎の瓶入り)を土産で渡されるってどんな気分がするんだろう、と(笑)

姉に聞いたら、「知らないわよ、もらったことないもの」ですって。
ごもっともでごんす。

こればっかりは、貰ってみないと分かりませんよね。分かりたいとも思いませんけど。
昨日は頑張って、ブログの記事の手直しなんかをしました。

今は文字色を白で統一していますが、昔は緑とか水色とか青とか、血文字だ~なんつって赤で書いたりしてたんですよね。
あとは記事の中で真ん中部分だけ色を変えたり。
まったく、読みにくいったらありゃしない。

そんなわけで、過去の記事をひとつひとつ頑張って直しました。
それにしても、タグを書き直すののなんとめんどくさいことか。
延々と続く単純作業。
途中で、「責任者出て来い!」と叫びそうになりました(笑)

あ~疲れた~。

最初の頃だけかと思ったら、去年の9月くらいまで色んな色使ってたんですね…。
まったく、余計なことしやがって…自分。

完全には直りませんでしたが、99%は白になったんでここまでにします。
これ以上やりたくありません(笑)
とりあえずフフホトに着きましたが、住む家がありませんでした(笑)

ここらあたり、いかにもいいかげんで、「中国」って感じがしますね。
一応、電子研究所のオフィスのとなりにある住居スペース(たった二世帯!)に住むということは決まっていたらしいんですが、まだ準備ができていないとのこと。
というわけで、最初の一ヶ月以上は駅前の通りにある「八一賓館」というホテルで、二部屋借りて過ごしました。
今にして思えば、この最初のホテル暮らしの時が、これまでの内モンゴルで過ごした中で、一番楽でした(笑)
何をする必要もないホテル暮らしですから、当然と言えば当然かもしれません。

この間の生活サイクル。

起床→朝食→自由時間→昼食→モンゴル語の勉強→夕食→就寝

ってかんじ?
親父はすでに仕事を始めていたらしく、出かけてることのほうが多かったです。
よく、夕方5時くらいにオフィスのほうにみんなで迎えに行ったりしました。
歩いて20分くらいでしたから、散歩がてら丁度良かったんだと思います。

見て分かるとおり、一応学校に入るのにそなえて、モンゴル語の勉強をしていました。
モンゴル語というより、「モンゴル文字」と言うべきかもしれませんね。
姉と二人で習ったんですが、最初は難しくて難しくて…。
文字の練習ですから、ひたすら書くだけでつまらないですし。
宿題も出されたりして、私はソッコーで投げ出しました(笑)
姉は年上の余裕か、ちゃんと毎日ノルマを達成していましたけど。
私も一応毎日やってはいたんですが、とても追っつかなかったですね。

ただ、第一印象としてのモンゴル語は悪くなかったですね。
この時の勉強自体は、ちょっと不真面目にやってましたし、楽しかったという記憶はないですが、単純に「面白い字だなあ」とは思いました。
縦書きだし、繋げて書くし。ハングルや漢字みたいに角張ってないのも好印象でしたね。

以後どっぷりとモンゴル語(モンゴル「語」に限ったことではないですが)の魅力にはまっていくわけですが、そうしたところからも、はまる素地はあったということなのかもしれませんね。
そもそも何故内モンゴルに行ったのか。これは私にとっても永遠の謎です(笑)

親父の仕事の都合で連れて行かれた、ということだけは分かっていますが、当時7歳の子どもに、仕事の詳細な部分が分かるわけありません。
とりあえず、フフホトにある「電子研究所」とかいうところと合弁会社をたちあげて一緒に何かをやろうとしたらしい、ということだけは分かっています。

ただ、最終的にそことは喧嘩別れみたいな形になって日本に戻ったので、親父もその時のことに関しては一切話そうとしないんですよね。
って、聞いみたこともないですけど。
ただ、以後何度もフフホトには行ったんですが、自分からは絶対に電子研究所の前を通ろうとしませんでしたから(タクシーとかで通ってしまうことはあった)、よっぽど嫌なことがあったであろうことは分かります。

そんいうわけですので、向こうでの生活を語る中で、そういう根本的なことを知らないために、ちょっと話がおかしくなることがあるかもしれません(何がどうなるのかは私もわかりませんが)。
うーん…。使っている「モノ」に名前をつけたとことはないですねえ。

高校時代、部活やってた時は、サーブとかに名前つけて遊んでましたけど。
あとなにかしら作戦立てるときなんかは、「○○作戦」なんて名前付けたりしたっけ。
でもそういう時って大抵の場合はそれほど真面目なことではない場合が多いんですよね。
逆に言えば、そうであるからこそ、名前をつけるなんていうおふざけが許されるわけですけど。


あーでも昔はぬいぐるみや人形なんかにつけてたかも。
ウルトラマンのビニール人形を「ウルちゃん」なんて呼んでたりして(笑)
いやー、これ以上ないほどそのまんまですよね。
よく、柱に磔にしてビーダマぶつけて遊んでました(酷

大きくなってからは、そうして名前をつけるなんてことはなくなりましたが、弟のことを呼ぶときは結構色んな呼び名で呼んだりしてます。私だけ。
うちの家族は弟のことを、基本的にはあだ名で呼び、真面目な場合だけは名前で呼ぶんですが(私は名前で呼んだことは一度もないですけど)、私ひとり弟の呼び名をいくつも勝手に作って呼んでいます。

どうでしょう?全部で20以上あるかもしれません(笑)
いやー、内モンゴル紀行、書き出したら筆が進む進む。
我ながら、よくもまあこんなことまで覚えとったなあと思いますよ。
とりあえずここまでは一本道だったんで話の構成とかは楽でしたが、この後をどう展開させるか。
正直、ネタはありあまるほどあるので、どれから書いていくかまだ整理がついていません。
時系列どおりいくか、ぽんぽんとネタを出すのか、ネタがありすぎるのってネタがないよりもある意味では大変なのかもしれません。

当時は7歳の子どもでしたから、本当に見るもの聞くもの触るものが新鮮に映っていたんでしょうねえ。
本当に楽しかったですもん、あの頃は。
それだけに、記憶に残るものも多くあったということでしょう。


まあ、こうやってまた書き始めることができたのも、自分の生活を変えることに成功しているからでしょう。
具体的に何が変わったとかは書きませんが、とりあえず良い方向に進んでいるのは確かです。
家族の前では変わっているようには見せていませんけどね。
だらしないままの道化を演じています。


月の初めには精神状態が最悪だったんですけどね。
サラダ油を、16,5kgも入ってるものを買ってきたとき、買いすぎだと言われ、それに対して心の中で「でもこんだけあれば家も簡単に燃やせそうだなあ」なんて考えちゃいましたからね。
さすがにちょっとやばいと思います。
今なら多分、「天ぷらたくさん揚げなきゃなあ」とか考えるんじゃないかと。

人間堕落していったらキリがありませんので、何とか、今の感じを持続して行ければと思っています。
フフホト到着。

経過は端折ります。
まあぶっちゃけた話、張家口からフフホトまでの過程の記憶がすっぽり抜け落ちてるんですよ。
結構距離がありますから、車中で寝ていたであろうことは想像に難くないですが、それにしても車にいつごろ乗ったかという記憶すらないというのは…。
あるいは朝早く出たのかもしれませんね。
そんで寝ぼけたまま車に乗り、そのまますぐ寝てしまったと。

えー、そんなわけで、今回の旅の最終目的地、フフホトに到着。
まあ旅というより「引越し」なんですけどね。この地でその後1年半も過ごしたわけですから。


到着したのは例によって夜8時過ぎ。
車中で寝こけてたため眠気はまったくなし。
というわけで、皆で外に食べに行きました。

行ったのは、フフホトの駅前にある、「美国牛肉拉面大王(だったっけ?)」。
なんでも、最近(93年当時)できたばかりの外資系のラーメン屋だそうで。

よく日本のラーメンで、「本場中国の味」とか謳い文句にしているものがありますが、ぶっちゃけた話、日本のラーメンのほうが万倍おいしいです。
だいたい、上海以南や西部のほうのことは知りませんが、少なくとも私が行った範囲では、「本場中国のラーメン」とやらは見かけませんでした。
最近は(5年くらい前から)、フフホトでもラーメン屋がたくさんできて、私も3年前に留学した時は昼飯で毎食利用するなど、かなりお世話になりました。
が、少なくとも最初に行った時はラーメン屋なんか一軒も見かけませんでした。
それどころか、一般の食堂にもメニューとして存在しませんでしたし。


さて、牛肉拉面大王というからには、牛肉面とやらを食べて見ないわけには行きますまい。
ぶっちゃけ、メニューが牛肉面しかなかったんですけどね(笑)
どおりで店内見渡してみても、みんな同じものを食べているわけです。

というわけで、家族四人で四杯の牛肉面を頼みました(ちびこい弟は計算に入れず)。
味のほうは正直微妙…と食べた当時は思いましたが、あとから考えれば、「中国で」食べたラーメンのなかでは、けっこうまともだったと思います。
中国のスープ料理にしては珍しくだしをとってましたしね。
ま、だしガラの骨付き牛肉をトッピングに使うのはどうかと思いますけど。


ちなみにこの「美国牛肉拉面大王」、フフホト市内に2店舗あったんですが、私らがフフホトに来てから半年も経たないうちに両方とも潰れました。
半年後に何だか無性に食べたくなり、親父と二人で駅前に行ったら、すでに果物屋になっちゃってました(泣

味とか色々と原因はあったんでしょうが、やっぱりちょっと値段が高かった感じがします。
当時のフフホトでは、ご飯が一杯5角(6円)。うどんが一杯8角(10円)。バイズ(パンみたいなもの)が一個3角(4円)でしたから、一杯3元(39円 いずれも当時のレートで)というのは、いかにも高い感じがします。
その高値が問題にならないほどおいしければよかったのでしょうが、そこまでおいしいってほどでもなかったですからね。

いずれにしろ、マックのハンバーガーや、吉野家の牛丼が10元や20元という価格設定で店を出している今とでは隔世の感がありますね。


ちなみに、この次ラーメン屋をフフホト市内で見かけたのは3年後、11歳の時、2度目の留学中でした。
ま、その話はまた今度にします。







…長かった。
これでようやく本編に入れます…。
自分は家の日常の買い物(5人家族です)の9割以上を引き受けてる上、最低でも一週間は取って置くので、常に5~6枚くらいは財布の中に入ってますね。

ちなみに今見たら11枚入っていました。
いつもよりちょっと大目ですね。どおりで財布が分厚いわけですな。
ま、気分だけでも金持ち気分を味わうということで(笑)


安いものを求めて買うものによってせこせこと店を替えるので、自然受け取るレシートの数も多くなってしまいます。
マ、シカタアリマセンネ(ダイジョーブ博士風に)。

その中の一枚でも。

低脂肪乳 97円
おかめ納豆3パック 69円
さば水煮缶 88円
たまご 168円
豆腐もめん 29円
カロリ 99円
アルミホイル 55円


何つーか、これ以上ないほど生活臭が充満してますよね。
他のレシートもみんなこんな感じです。

そういや、入っていたレシートの中に、合計が2222円のがありました。
買い物していて1000円ぴったりとか777円とかだったりすると微妙に得したような気分になりません?

コンビニでバイトしている時、計767円だった時にわざわざ「ちょっと待ってて」とか言ってうまい棒を一本追加したお客さんがいましたからね(笑)

そこまでするのはさすがにどうかとは思いますが…。

やっぱりちょっと「おっ」とかって思ったりするものです。
昨日書いた続き。


内容は、前半はいつもどおり馬鹿話。

この友人はNARUTOが好きなので、それについて語ることが多いですね。
なんてったって、最初に覚えた日本語が、「忍法影分身の術!」ですから(笑)
それだけで、どれだけ好きかが分かるってもんです。

余談ですが、3年前私が留学中、この友人と賭けをしました。

ずばり、「NARUTOが35巻まで行くかどうか!」に100ドル(爆
賭けた時から10年後に支払うという約束で。

友人は当然「行く」にかけ、私が「行かない」に賭けることに。
…既に結果は出ていますね。
NARUTOは、35巻を余裕で通り過ぎ、いまも絶好調連載中です。

まったく、こういうのを若気の至りって言うんでしょうか…。


閑話休題。


あとはまあ、受験生である私の弟の勉強しなさっぷりを嘆きあったり(笑)
車の教習所に通ってるよーとか、ホントにとりとめのない話ばっかり。

ま、この友人は日本語を専攻しているので、日本人と話すだけでよい練習にはなるでしょうから、そういう意味では話の内容はどうでもいいんですけど。
ただ、日本人がモンゴル語で話し、それに対してモンゴル人が日本語で返すという光景は、あまりないものではないかと(笑)
しかも、内モンゴルの人間なんで、ところどころに中国語が混ざってたりして(私もですが)。
三つの言語が入り乱れていて、喋っていて自分でもちょっとおかしく思ったりすることが結構あります。


ただ、真面目な話も少ししました。

それは、内モンゴルで日本語を教えないかーってこと。
日本語ができるモンゴル人はたくさんいるが、モンゴル語ができる日本人はぜんぜんいない。これは絶対的事実です。
そんなわけで、内モンゴルの大学なんかで、とにかく何でもいいから日本人を集めてるって言うんですよ。
そんなわけで、こっち来て日本語教えないかーと、結構強く誘われました。

実は同じような話を3年前の留学中にももらっていたんですよね。
学校通いながらでいいからって。その時は丁重にお断りしました。
理由は、性格的に私が人に教えるのに向いていないからというのと、日本語はできても、それを教えるという技術が私にはないからです。
ただ、前者はともかく、後者についてはあまり問題ではないということに、つい最近というか電話で話しているときに気がつきました。

日本でも英語教育が盛んになり、公立の高校は当然として、小学校や中学校にも、週や月に1回とかで、外国人の講師が来るようになりました。
彼らはみんな、英国人や米国人ってだけで、特に教える技術を持っているわけではないんですよね。
モンゴルではそれと同じ形で日本人を必要としているわけです。
つまり、日本語ができる日本人であれば、よほど性格が悪くなければよいと(笑)

誘いとしては魅力的なんですが、障害も多いのでちょっと…。
って感じで、はぐらかそうとしたんですが、ちょっと誤魔化せそうもなかったので、一言で相手が黙る呪文を唱えました。

「親父」

ええ、その一言で友人は納得してくれました(爆
その上「お前も大変だなあ」なんて言われちゃったりして(笑)

昔、親父の専属通訳として、三日間一緒にいた時のトラウマは強烈だったと見えます。
その仕事が終わったあと、「お前の親父の通訳を三日間やるより、食堂で二ヶ月働いたほうがよっぽど楽だ」なんて私に言ったくらいですから、よほど精神的に疲れたんでしょうねえ。
だって、三日間の通訳と食堂で二ヶ月働くので得る給料の額は同じなんですから(当時)。

結構冗談ぽく書いてますが、行くための障害は色々あるにせよ、親父が最大の壁だというのは事実なんですよね。
それ以前に、私自身踏ん切りがついているわけではない、ということもありますが。

ただ、どうせ行くなら、ついでに中国語を勉強してくるという手もありますね。

いずれにせよ、ちょっとだけ未来の選択肢の幅が広がったんですから、あとはどうするかですね。
もっとも、行くとしても今すぐということはないでしょうけど。
最近購入したもの。

競馬の本に競馬の本に競馬の本に野球の本。
競馬の本と競馬の本と野球の本。

いや~、私って読書家ですね~(笑)

待て待て待て。冷静に思い返してみよう。
一日前。三日前。一週間前。十日前。一ヶ月前。

って、ウキウキするどころか、いくらさかのぼってみても、自分用に買ったものなんてなーんにもないんですけど。

財布の中は野菜や魚のレシートばっかりだし…。
二十歳すぎの若者として間違ってるだろ自分!(笑)


そういや、二ヶ月ちょい前に、PS2のテニスとサッカーのソフトを買いました。
何だか無性にやりたくなって、ヤフオクで購入しました。
そんなわけで、これはウキウキして買ったということになるでしょう。
2・3回やってすぐ積みゲーになっちゃいましたけど(笑)

一応、買いたいと思っているものはあるんですけどね…。
先立つものがありません(笑)
桜木町  作詞:北川悠仁 作曲:北川悠仁


海沿いの道を 手をつないで歩いた
あの日の約束はもう叶わない夜空の星

通り過ぎて行く 人も景色達も
気づいたときはいつもおいてけぼりになってた

季節変わり今も君の事 思い出してしまうけれど
何もなかったような顔して 今日も街に溶けてゆく

さよなら もう新しい明日へ歩きだした
最後の強がり きっとこれが二人のためだよね?
待ち合わせ場所いつもの桜木町に君はもう来ない

大きな観覧車「花火みたいだね」って
笑った君に横顔 時間がとまってほしかった

心変わり今は責めても 違う誰かの元へ
そしていつの日か忘れてゆく 君の笑顔も泪も

ありがとう さあ振り返らずに行けばいい
いつの日かまた 笑って話せる時が来るさ
初めて君と口付けた桜木町で最後の手を振るよ

変わり続けてく 見慣れてた町並みも
だけど今も目を閉じれば
あの日の二人はそこにはいる

繋いだその手をいつまでも離したくなかった
それでも行かなくちゃ
僕らが見つけた答えだから

さよなら もう新しい明日へ歩き出した
最後の強がり きっとこれが二人のためだよね?
待ち合わせ場所いつもの桜木町に君はもう来ない
初めて君と口付けた桜木町で最後の手を振るよ




これまで曲のレビューに関しては、「である調」を使ってましたが、他の記事との兼ね合いもありますので、これからは「ですます調」を使って書くことにします。

というわけで、これまた随分久しぶりに更新再開の曲レビューです。
途中まで書いたのがエラーで消えたので、今日はやめようかとも思いましたが、めげずにもっかい書きなおしました。

それにしても、最後に更新したのって去年の7月だったんですね。
とっくに一年以上経っちゃってるのかと思ってました。
7月だと知った瞬間、「なーんだ、結構最近のことじゃん」とか思っちゃいましたからね(笑)
9ヶ月以上間が空いているというのに。


ま、いいや。
いい加減本題に入ることにします。

そんなわけで復帰初戦(違
ゆずの桜木町です。

ゆずの名前は当然前から知っていましたが、たまーに耳にする曲なんか聞いても、ぐっと来るものがなかったのでずーっとスルーしてきました。

ただ、一度は聞いてみようと思っていたので、先日まとめてCDをレンタルした際、ゆずのベスト盤も一緒に借りてきました。

…いいですねえ(笑)

思いっきり私の好き系じゃないですか。
まったりしてると言うかなんと言うか、スピッツとかDEENに似た雰囲気があるようなないような…。


その中の一曲。桜木町。
なんて言うか、明るい失恋ソングって感じでしょうか?
明るいというか、前向きというか。

男の失恋時の心情を歌った歌って、うじうじしてるというか、ひどく後ろ向きな曲が多いと思うんですよ。「やっぱり君がすきなんだー」的な(笑)

いや、この曲にも少なからずそういった心情が描かれています。
というか、少なからずというか、結構と言うべきかもしれません。
ただ、他のそうした曲と違うのは、最後にそれまでのことを打ち消しているところなんですよね。「それでも行かなくちゃ」って。

しかも「二人の出した答だから」ですよ。
こうして綺麗に分かれるのが、別れとしては理想なんでしょうねえ。
しかし、現実はそう甘くないのでしたとさ(笑)

そんなわけで、曲が先に来ることが多い私ですが、これは久々に「詞」で好きになりました。
曲のほうも、あまり暗くならず、それでいて明るいってわけでもないって感じで、詞の雰囲気によくあってると思います。



余談ですが、私は7歳くらいまで、桜木町の二駅となりの所に住んでいました。
なので、桜木町の駅もよく利用していたんですよね。
随分昔になくなってしまいましたが、ガードしたのうどん屋のうどんがとてもおいしかったのを覚えています。


最高順位3位
売上推定 14.3 万枚  
04.6.2 発売

曲  A
詞  A+
総合 A
昨日は久しぶりにモンゴルの友人と電話で話をしました。
久々にモンゴル語を思いっきり喋った感じ。
あースカッとする。
自分のテンションがいつもより高いことに自分で認識しながら喋ってました。


2ヶ月毎くらいに電話をかけてくるこの友人。
木曜の夜だかにもかけて来てたみたいです。
その時は私がバイトで不在だったため、昨日またかけてきたわけですな。

電話がかかってきたのは昼前(多分)。
件の朝市から帰ってきて、心安らかに眠っていた時でした(笑)

覚醒してないままの頭のままで受話器を受け取り(最初に取ったのは姉)、「今時間あるか、話しても大丈夫か」といつものとおり聞いてきた友人に、迷うことなく「眠いから無理」と答えました(酷
とりあえず、向こうの時間で夜の8時(日本では9時)にこっちから電話をかけると約束して、ちょっとだけ何か話して電話を切りました。
この時何を話したかは全く覚えてません。


その後またすぐに眠りにつき、起きたのは夕方の4時前。
途中起こされたのはちょっとあれですが、睡眠の深さといい寝た時間といい、久々に「寝たー!」って感じがしました。


夜の9時半頃、親父に頼まれた仕事をしている時、電話が鳴りました。
受けた親父はすぐに受話器を渡しました。

「モンゴルから」

…ごめん、わすれてた。

それはもう、これでもかというくらい、きれいさっぱり忘れてました。
記憶の片隅にも残っていなかったんじゃないかと思うくらい、きれいさっぱり。
モンゴルって言われた瞬間に「あ…」って思いましたから、一応申し訳程度でも記憶として残っていたんでしょうけど。


ま、忘れてしまったのは仕方がありません(開き直り
とりあえず、忘れていたことを素直に告白。
寝ぼけてたんだし仕方がないということで無理やり納得させました(笑





…あー、文章書くのって難しいですね。
どうにもまとまらないので話を中断します。
続きはまた明日にでも書くことにして、寝ることにします。
おやすみなさい。








…オチがこんなんでいいのか?
昨日に続いて更新。
さくさく行きましょう。


北京に泊まった翌日、起きたのは6時ごろでした。
普段は起こしても起きないのに、何故こんな時は早くに目が覚めるんでしょう。
学校に行かなければならないとか、そういったことがない時くらいゆっくり寝てればいいのに。

朝起きてすぐ、顔を洗えと言われて洗面所に行きました。
で、その洗面所に、恐らく歯磨き用として備え付けてあったコップを割ってしまったわけです。
ただ、全部を落したわけではなく、フタが二つに割れたのと。取っ手がとれた、くらいで済みました。
…結局弁償する額は粉々にしたんだとしても変わらないんですけどね。


それにしても…、何でこんなどうでもいいこと覚えてるんでしょうね?


午前中は適当にまったりして、宿をあとにしたのがお昼ちょっと前。

中国のホテルって、イン・アウトの時間が大抵のところでは正午で区切られているんですよね。
日本は10時・15時ですが。
この点に関しては、素直に中国のほうがいいなあと思います。

道中、それほど飛ばすでもなくトロトロ走るでもなく、適当な速さで走り、夜9半時頃、張家口に到着しました。
…って、こうして改めて文章にしてみると遅いですね。
北京から張家口まで9時間以上かかるってのは。


張家口で泊まったところは、かなりまともなホテルでした。
北京で泊まったところがちょっとアレだったので、よけいにそう見えたのかもしれませんね。
もっとも、北京と違い、外国人の宿泊が許可されているホテルなんてそう何軒もなかったでしょうし、それらは当然並み以上のレベルにあったはずですから、まともに見えたのも当然でしょう。

食事に行くか議論するも、ずっと車に乗っていて皆疲れていたので、食べには行かないで、残ってる桃とかを食べたい人は適当に食べるということになり、みんなさっさと寝てしまいました。


昔は、何故フフホトに直接行かず張家口なんかに寄ったんだろうと不思議に思ってましたが、一応これに関しては、自分なりの答えを出しています。
思うに、我々子どもの体力を慮ってのことじゃないかと。
弟なんて当時1歳ちょっとですからね。
いきなり車で700kmを移動というのは酷だと思ったんじゃないでしょうか。

ま、もしかしたら他の理由があったのかもしれませんし、私の言ってることなんて、実は考慮の対象にもなってなかったのかもしれませんが、とりあえず私は、そう思うことにしています。



次回は多分フフホトに着きます。…寄り道しなければ。
昨日の続き。

とりあえず、宣言どおり頑張って逝ってきました(笑)
いやー、眠いのなんのって。
体裁を気にしないでグースカ寝られたらどれだけ楽か…。
車に揺られながら、隣の座席で横になっていびきをかいている弟を見て、つくづくそう思いました。

ま、自分で意地張った結果ですから、その結果を受け入れなければならない責任も自分にあるわけです。
それに関して言うことは何もありません。

そんなわけで、帰ってきてからも、いつもどおり一晩中起きていました。
いつも寝ている昼間に寝ていないんですから、眠くないわけありません。
ホントはすぐにでも布団に倒れこみたかったですけど…。

それでも寝ずに頑張って、ようやく夜明けが…!
頑張って起きていたことだし、いつもよりちょっと早いけど寝よっかな。
今なら5秒と言わないまでも、20秒くらいで寝れそう。

そんな状況の私の前に立ちはだかる壁。


強制イベント AM5:30 「みんなで朝市に行こう!」



寝たい…。寝たいよう…。
記念すべき異国での一泊目(笑)

というわけで、無事北京に到着です。
…ていうか、話のスピードが遅すぎて、この調子じゃいつ内モンゴルに着くことやら。

というわけで、もう少し話がスピーディーに展開していくように頑張ってみます。


とりあえず、港から街に出たことにより、ようやく外国に来たんだなあという感慨がちょっと湧いてきました。多分。
多分というのは、当時はそんなこといちいち考えていませんでしたからね。
今当時の自分の心情を思い返すにつけ、やっぱり多少思うところはあったんじゃないかと思ったわけです。

閑話休題。

子どもだった自分が抱いた、中国の第一印象は「汚い」でした(酷
まず港から見た海の水がめっちゃ汚い。
工業排水だか何だかのせいで黄土色と緑色を混ぜたようなどろどろの海。
空気は石炭臭いし(当時はただ臭いとしか思いませんでしたが、石炭の臭いなんだと後に知りました)。
その上、道路が整備されてなかったため、ものすごい勢いで土ぼこりが舞っていました。

そんなわけで、中国とのファーストコンタクトは、印象度で言えば恐らく最悪と言えるんじゃないでしょうか。
それが今に至るまで、15年もお付き合いすることになるんですから、分からないものですね。


ただ、悪いことばかりではなく、当時は禁止されていなかった(というかそれしかなかった)露店で買った桃は最高においしかったです。
洗わなきゃ駄目だと言われたんですが、皮についている汚れを手でごしごし擦って落とし、そのままかぶりついて食べました。
当時から、バイタリティだけはあったようです(笑)


北京には夜中に到着。
天津に着いたのが夕方の4時過ぎですから、たかが北京まで出るのにどんだけ時間かけてたんだ、と思いますね。

そんなわけで、その日は北京で一泊しました。
ホテルって感じではなく、日本の民宿を思わせる風情の宿でした。
トイレやシャワーは共同でしたし、今にして思えば、随分ショボイ宿だったんだと思います。
が、そこはそれ。
七歳のおこちゃまは、ホテルに泊まれるというだけで、大はしゃぎしていましたとさ。
あんまりはしゃぎすぎて、備え付けのふた付きコップを割ってしまい、弁償させられました(笑)
たしか10元取られたのかなあ。凄まじいボッタクリですな。
10元もあれば、当時なら5つは買えたでしょうね。

ちなみにこのホテル、というか旅館。
北京の都市化の波に呑まれ、随分前になくなってしまいました。
合掌。


…話のスピードが上がってないのは気のせいです。多分。
次…。次こそは…。
これはまた、年中疲れている自分にぴったりのテーマですな。

とはいえ、年がら年中「疲れてるわあ」なんて思ってたら生きていけませんしね。
常にそれなりの疲労感はあるとしても、自分でもおかしいと思うような行動に出るほどに疲れてるなんて状況は、年にそう何度もあるもんじゃありませんよね。


自分の場合は、まず無性にお菓子が食べたくなった時ですね。
普段自分は、菓子類は全くと言っていいほど買いませんし、食べません。
お菓子に使う金額なんて月平均に直しても、200円にも満たないですから。
それが、ホント急に食べたくなるんですよ。
それで年に1回くらい、でかいスーパーの袋いっぱいにお菓子を買ってきて、一人でバクバク食べる、なんていう行動に走っちゃったりします。
大体2日くらいで食べちゃいますかねえ。
ほとんどバカ食い、ヤケ食いの領域に入っています(笑)


もう一つ、それはブログを更新する気がなくなった時。
何かね、もうキーボード打ってるうちに凄まじい勢いで書く気が薄れていくのが自分でも分かるんですよ。
あー自分やる気ないなー、って。
ネタが思いつかない時なんかも結構似たような気分になりますが、その場合は、最終的には何かしらひねり出して書きますからね。
ホントに疲れてるときって、ネタがあっても書く気がおきないんですよね。
大抵の場合、途中まで書いたのを下書き保存して終わりにしますね。
まったく、そのままお蔵入りになった記事がいくつあることか…。
気が向いたらサルベージしようとは思ってるんですが、なかなか…。


ただ、これらの場合でも、一応「疲れてるなあ」と自分で自分の状況を判断して理解するくらいの余裕はあるってことなんですよね。
本当に疲れてる時って、寝床に直行→即バタンキューですからね。
元々寝付きはいいほうなので、本当に疲れているときは5秒くらいで寝れます。
予定は未定とは言いますが…。

親父が自分勝手なのは百も承知なんですが、これだけはやめてほしいこと。
それは、自分の都合で人に勝手に予定を入れること。


人の都合を考えず、どこか行くのに付き添いが必要だからって勝手に予定を入れてしまう。
仕方なくこっちもスケジュール調整して行けるようにしたら、当日、腰が痛いとか雨が降ってきたとか言ってキャンセルする。
それでいて、詫びの一言もなし。

…ふざけんな。

ついたあだ名が「スケジュールクラッシャー」(嘘


今日も、何かの展示会だか何だかについて行くよう言われました。
あーやだやだ。
そりゃ今日は特に予定はなかったけど、「特に予定はない」という予定があったのに(笑)
おかげで予定ができてしまったじゃないですか。


閑話休題。


家庭の平和を守るための、家庭平和維持活動。
その最大最重要任務は親父の機嫌を損ねないことだったりします(笑)
家族で最もこの活動に熱心なのは私。
ていうか他に活動しているメンバーがいないような気がしないでもないですが…。

そんなわけで、基本的に私は親父に対して表向きは反抗的な態度は出さないようにしてますが(弟なんかはもろに表に出します)、人より我慢強いとはいえ私も人間ですから、他人の言うことを聞きっぱなしではストレスが溜ります。

というわけで、私がしているささやか過ぎる反抗。

それは、親父の都合で出かけるとき、体調をその都合に合わせないということ。

…なんじゃそりゃ。って声が聞こえるようですけど。

私は夜型の生活を送っていますから、基本的に昼間は寝ています。
がしかし、親父が出かける時間帯は、当然昼間です。
翌日昼間出かける予定があるなら、当然夜は寝て次の日に向けて体調を整えますよね。
そこを私は、いつもの如く一晩中起きて過ごすわけです。
そうすることにより、「おいらは自分の都合で動くよ。あんたの予定なんかに振り回されてたまるか。へへーんだ。やーいやーい、ざまーみそづけ(爆)」という、幼稚でささやかですが、精神的充足感を得るわけです(笑)

ま、親父にとっては、だからどーしたって話なんですけどね…。

そんなことして当日、眠くて疲れて倒れそうになるのは自分ですから(笑)


それでもねえ、やらずにはいられないんですよ。
ホント、たったこれくらいでもやらないとね…(遠い目)。


というわけで、今日も当然一晩中起きていました。
用事がどれくらいで終わるのか分かりませんが、とりあえず逝ってきます。
4月22日に東京競馬場で行われる『ジョッキーマスターズ』レース。
元ジョッキーたちによる「一回限り」のエキシビションレースです。

往年の名騎手たちの対抗戦ということで、楽しみといえば楽しみなんですが、一方で、参加騎手がたった9人というのはいかにも少ないと思います。
南井元騎手とか他に出れそうな人はいなかったんでしょうか?
去年引退した大西元騎手なんかは、まだ普通に乗れそうだと思いますけど…。

何はともあれJRAとしても初めての(そして最後かもしれない)試みであるこのレース。
YAHOOでも、結構前から勝者予想アンケートなんて取ってたりします。

下が、4/21 5:21現在の投票結果。

岡部幸雄 44% 15300 票
松永幹夫 18% 6097 票
的場均 11% 3768 票
河内洋 11% 3732 票
本田優 11% 3566 票
安田隆行 3% 742 票
中野栄治 2% 687 票
加藤和宏 2% 567 票
根本康広 2% 563 票


何つーか、実に分かりやすい結果となってますね…。

トップは当然のように岡部。説明不要。
理由も、岡部だから、だけでOKって感じ。

次点がミッキーこと松永幹夫。
引退してからあまり間がないのと若さが買われた感じ。
まあノリと同期ですからね。普通にまだバリバリ乗っていておかしくないですし。

その次は総合的な実績で河内と的場。
勝ち星では河内ですが、インパクトの大きさでは的場、結果互角…って感じでしょうか?
河内の印象が薄いってわけじゃないんですが、的場のグラスワンダーやライスシャワーのような「これ!」といった感じに欠けるような気がするんですよね…。

ま、いいか。次。

的場と河内に僅差で続くのは本田優元騎手。
これなんかものすごく分かりやすいですよね。
実績でも印象度でも劣るのにこの位置にいる理由はただ一つ。
引退してから2ヶ月も経ってないから。これしかありませんね。

そのあとの4人はどれも似たり寄ったり…。
ていうか、あとの4人の順位って、腕とか実績とかより、ダービー勝ったときの馬のインパクトが大きい順に並んでる気がするんですけど。

安田隆行 奇跡の復活 帝王こと「トウカイテイオー」
中野栄治 20万人のナカノコール「アイネスフウジン」
加藤和宏 ルドルフの弟分 レジェンドに回し蹴り(笑)「シリウスシンボリ」
根本康広 有馬で落馬 サッカーボーイの咬ませ犬(酷)「メリーナイス」

どうでしょう。結構的を射てると思うんですけど。
まあこの4人の間の票の差なんて微々たるものですけどね。

ちなみに私は本田元騎手に一票投じました。
理由は、上に書いてあるとおりで。
1 ブログのネタを探す/ネットサフィーン(死語
2 マンガ雑誌を見る
3 ウインドウズ標準装備のゲーム


大別すると大抵は上の三つで暇をつぶしてますね。

1はネットをしている時。
とはいえ、ネット用のパソコンは、それなりの目的を持っている時にしか使いませんので、あんまり暇になるようなことはないんですが。


2はバイト中。
深夜のコンビニなんで、夜中はけっこう暇になったりします。
そんなわけで、人がいない時は事務所に引っ込んで見てます。
もちろん、防犯カメラに映らない所で(笑)
そうは言っても、事務所に持って来るときに映っちゃうんですけどね。


で、3。
これはもう、なんとつーか、自分的には「暇人の友」って感じですね。
ずっと昔からお世話になりっぱなしです。

最初にやったのはマインスイーパでした。
ただ、これはやり始めてすぐ、姉には絶対かなわないと思い、やめてしまいました。
まあ、暇つぶしに勝つも負けるもないんですけどね。
そうは言っても、私が20秒の壁を破るのに四苦八苦している横で当たり前のように8秒(初級)とかいう記録を出されると萎えますって。

その次はソリティアかな?
これはタイムトライアルにはまりました。
何事も記録を求めてしまうのは私の性分でしょう。
記録的には40秒台前半までは出たのかな。
その後フリーセルにはまってからは全然やらなくなりました。
今たまーにやっても、頑張っても60秒台しか出ませんね。

で、フリーセル。
ソリティアに比べて難しいので、最初は敬遠していました。
が、連勝の最高記録が記録されるということが私に火をつけました(笑)
最初は勝ったり負けたりを繰り返していましたが、ある日突然目覚め、連勝街道まっしぐら。
結局、記録としては2400連勝まで行きました。
が、使っていたパソコンがお釈迦になってしまい、そのままやらなくなりました。
今はソリティアと同じく、たまーにやるくらいですね。
こちらはソリティアと違い、腕のほうは鈍っていないようです。
弟が暇なとき、適当に私のパソコンで遊ばせていましたが、フリーセルだけはやらせませんでした。

ピンボール。
現在封印中ですが、現在進行形ではまっています。
なぜ封印したかとかは、まあ…一身上の都合ということで(笑)
結構長くやってるんですが、いまだに元帥どころか大将になったこともありません。
今後封印が解かれる可能性については…、予定は未定、ということで。

で、今やってるのがスパイダソリティア。
別段面白いとか思っているわけではなく、姉がしょっちゅう私のパソコンでやっているから、というのが主な理由。
上級なんて全然クリアできないし、暇つぶしでストレスがたまるという、あまり精神衛生上宜しくないものだと個人的には思ってるんですが、難しくてすぐに投げ出してしまうので、逆に言えば深入りしないで済むのが良いところかもしれません。
ピンボールを封印したのも、暇つぶしがいつのまにか暇つぶしじゃなくなっているということが、しょっちゅうあるからという部分が大きいですから。

ま、ほんとうは、これこそが本当の意味での暇つぶしなんでしょうね
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