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ここでは、人生万事塞翁が馬 (楽あれば苦あり)での 2007年 04月 に掲載した記事を表示しています。
昨日は久しぶりにモンゴルの友人と電話で話をしました。
久々にモンゴル語を思いっきり喋った感じ。
あースカッとする。
自分のテンションがいつもより高いことに自分で認識しながら喋ってました。


2ヶ月毎くらいに電話をかけてくるこの友人。
木曜の夜だかにもかけて来てたみたいです。
その時は私がバイトで不在だったため、昨日またかけてきたわけですな。

電話がかかってきたのは昼前(多分)。
件の朝市から帰ってきて、心安らかに眠っていた時でした(笑)

覚醒してないままの頭のままで受話器を受け取り(最初に取ったのは姉)、「今時間あるか、話しても大丈夫か」といつものとおり聞いてきた友人に、迷うことなく「眠いから無理」と答えました(酷
とりあえず、向こうの時間で夜の8時(日本では9時)にこっちから電話をかけると約束して、ちょっとだけ何か話して電話を切りました。
この時何を話したかは全く覚えてません。


その後またすぐに眠りにつき、起きたのは夕方の4時前。
途中起こされたのはちょっとあれですが、睡眠の深さといい寝た時間といい、久々に「寝たー!」って感じがしました。


夜の9時半頃、親父に頼まれた仕事をしている時、電話が鳴りました。
受けた親父はすぐに受話器を渡しました。

「モンゴルから」

…ごめん、わすれてた。

それはもう、これでもかというくらい、きれいさっぱり忘れてました。
記憶の片隅にも残っていなかったんじゃないかと思うくらい、きれいさっぱり。
モンゴルって言われた瞬間に「あ…」って思いましたから、一応申し訳程度でも記憶として残っていたんでしょうけど。


ま、忘れてしまったのは仕方がありません(開き直り
とりあえず、忘れていたことを素直に告白。
寝ぼけてたんだし仕方がないということで無理やり納得させました(笑





…あー、文章書くのって難しいですね。
どうにもまとまらないので話を中断します。
続きはまた明日にでも書くことにして、寝ることにします。
おやすみなさい。








…オチがこんなんでいいのか?
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昨日に続いて更新。
さくさく行きましょう。


北京に泊まった翌日、起きたのは6時ごろでした。
普段は起こしても起きないのに、何故こんな時は早くに目が覚めるんでしょう。
学校に行かなければならないとか、そういったことがない時くらいゆっくり寝てればいいのに。

朝起きてすぐ、顔を洗えと言われて洗面所に行きました。
で、その洗面所に、恐らく歯磨き用として備え付けてあったコップを割ってしまったわけです。
ただ、全部を落したわけではなく、フタが二つに割れたのと。取っ手がとれた、くらいで済みました。
…結局弁償する額は粉々にしたんだとしても変わらないんですけどね。


それにしても…、何でこんなどうでもいいこと覚えてるんでしょうね?


午前中は適当にまったりして、宿をあとにしたのがお昼ちょっと前。

中国のホテルって、イン・アウトの時間が大抵のところでは正午で区切られているんですよね。
日本は10時・15時ですが。
この点に関しては、素直に中国のほうがいいなあと思います。

道中、それほど飛ばすでもなくトロトロ走るでもなく、適当な速さで走り、夜9半時頃、張家口に到着しました。
…って、こうして改めて文章にしてみると遅いですね。
北京から張家口まで9時間以上かかるってのは。


張家口で泊まったところは、かなりまともなホテルでした。
北京で泊まったところがちょっとアレだったので、よけいにそう見えたのかもしれませんね。
もっとも、北京と違い、外国人の宿泊が許可されているホテルなんてそう何軒もなかったでしょうし、それらは当然並み以上のレベルにあったはずですから、まともに見えたのも当然でしょう。

食事に行くか議論するも、ずっと車に乗っていて皆疲れていたので、食べには行かないで、残ってる桃とかを食べたい人は適当に食べるということになり、みんなさっさと寝てしまいました。


昔は、何故フフホトに直接行かず張家口なんかに寄ったんだろうと不思議に思ってましたが、一応これに関しては、自分なりの答えを出しています。
思うに、我々子どもの体力を慮ってのことじゃないかと。
弟なんて当時1歳ちょっとですからね。
いきなり車で700kmを移動というのは酷だと思ったんじゃないでしょうか。

ま、もしかしたら他の理由があったのかもしれませんし、私の言ってることなんて、実は考慮の対象にもなってなかったのかもしれませんが、とりあえず私は、そう思うことにしています。



次回は多分フフホトに着きます。…寄り道しなければ。